「ねぇ、お母さん、その服もう10年ものじゃない?新しいの買えばいいのに…」
40代の会社員である私は、実家に帰るたびに同じ会話を繰り返していました。私の母は今年で65歳。年金暮らしとはいえ、若い頃からコツコツと貯めてきたお金は、なんと7000万円を超えていると先日知らされたのです。驚きを通り越し、正直なところ呆れてしまいました。お金がないわけではないのに、なぜ母はここまで質素な暮らしを続けるのでしょう。まるで、お金を使うこと自体が罪であるかのように、いつも自分を律しているのです。
「だって、まだ着られるし。もったいないじゃない」
母はいつもそう言って、色褪せたセーターや毛玉だらけのカーディガンを平気で着ています。化粧品も最低限、美容院に行くのも年に一度。外食もほとんどせず、趣味に使うお金も皆無です。一体、何のためにそんなに貯め込んでいるのか。聞けば、「将来、もし介護が必要になったら…」「迷惑をかけたくないから…」と、遠い未来の不安ばかり口にするのです。私には、その心理がどうしても理解できませんでした。人生は一度きり。今を楽しまないでどうするの? このままでは、せっかく貯めたお金も、使われないまま残されてしまうのではないか。そう思うと、胸が締め付けられるような、もどかしい気持ちでいっぱいでした。まるで、目の前に宝の山があるのに、その鍵をどこかへしまい込んでしまったかのような、そんな絶望感に襲われる日々でした。
貯金7000万の母が「お金を使えない」本当の理由とは?
母がここまでお金を使うことに抵抗があるのは、単なる「もったいない精神」だけではない、と私は感じていました。それはまるで、見えない鎖に繋がれているかのよう。ある日、私は学生時代からの友人であり、ファイナンシャルプランナーとして活躍している美咲さんに、母の悩みを打ち明けてみました。
「ねえ美咲さん、うちの母のことなんだけど…」
美咲さんは私の話をじっと聞いてくれ、穏やかな口調で語り始めました。
「そういうお年寄りの方、実は少なくないのよ。特に、戦後を経験したり、経済的に苦しい時代を乗り越えてきた世代の方にはね。お金がないことが不安だった経験が、心の奥底に深く刻まれてしまっているケースが多いの。たとえ今、十分な蓄えがあっても、『いつかまたあの頃のように…』という漠然とした恐怖が拭えないんだと思う」
美咲さんの言葉に、私はハッとしました。母は確かに、私が幼い頃に父が事業に失敗し、一時的に経済的に苦しい時期を経験していました。その時の「お金がない不安」が、今も母の心を支配しているのかもしれません。美咲さんはさらに続けます。
「あとは、『家族に迷惑をかけたくない』という気持ちが強いことも理由の一つね。特に介護費用は未知数だから、いくらあっても足りないんじゃないか、って不安に駆られやすいの。でも、それって本当に必要な金額を把握していないから、余計に漠然とした不安が膨らんでしまっているだけかもしれないわ」
私は、美咲さんの言葉に深く納得しました。母の節約は、単なるケチではなく、過去の経験と未来への漠然とした不安からくる「自己防衛」だったのです。そして、その不安を具体的に解消する方法を知らないからこそ、ひたすら貯め込むことしかできない。そう考えると、母への苛立ちが、深い理解と心配へと変わっていきました。「こんなはずじゃなかった…」と、自分の無理解を恥じるばかりでした。
失敗から学んだ!母の「罪悪感の呪縛」を解く転機
美咲さんとの会話の後、私はこれまでの自分のアプローチが間違っていたことに気づきました。ただ「お金を使えばいいのに」と繰り返すだけでは、母の心の奥底にある不安を解消することはできないのです。私は、もっと具体的に、そして母の気持ちに寄り添った方法を試みることにしました。
まずは、母が一番不安に感じている「介護費用」について、美咲さんのアドバイスをもとに調べてみることにしました。公的介護保険制度や、平均的な介護費用の目安、高齢者施設の種類など、具体的な情報を集めました。そして、それらをまとめた資料を持って、再び実家を訪れたのです。
「お母さん、この前話してた介護費用のことなんだけど、私、少し調べてみたの」
最初、母は「そんなことしなくていいのに」と恐縮していましたが、私が具体的な数字や制度について説明すると、次第に真剣な表情で耳を傾けてくれました。美咲さんが言っていた通り、「漠然とした不安」が「具体的な情報」によって少しずつ解消されていくのが分かりました。
「例えばね、公的な介護保険を使えば、自己負担は原則1割で済むケースが多いんだって。それから、施設に入ったとしても、平均的な月額費用はこれくらいで、一時金もこれくらいが目安だって書いてあったよ」
私は、美咲さんの言葉を思い出しながら、介護費用として「これくらいあれば安心」という具体的な目安額を伝えました。そして、その金額を遥かに超える母の貯蓄額を改めて示し、「だから、この分は安心して自分のために使っても大丈夫なんだよ」と、優しく語りかけました。母の表情に、少しだけ安堵の色が浮かんだように見えました。心の声が聞こえるようでした。「本当に、このお金を使ってもいいのかしら…?」
ファイナンシャルプランナー美咲さんからの「心のブレーキ」を外すアドバイス
美咲さんは、母のように「お金を使うことに罪悪感を感じる人」へのアプローチには、単なる情報提供だけでなく、心理的なサポートが不可欠だと教えてくれました。
私: 「母は、どれだけお金があっても『もったいない』って言ってなかなか使ってくれないんです。どうしたらいいんでしょうか?」
美咲さん: 「そうね。まず大切なのは、『お金を使うことは悪いことではない』という価値観を、少しずつでも共有していくことよ。長年の習慣や信念を変えるのは時間がかかるから、焦らないで。ポイントは、小さな『成功体験』を積ませてあげることね」
私: 「成功体験、ですか?」
美咲さん: 「ええ。例えば、母がずっと欲しがっていたわけではないけれど、『これがあったら生活が少し快適になるかも』というものを、プレゼントしてみる。そして、それが実際に母の生活を豊かにしたことを実感してもらうの。最初は抵抗するかもしれないけど、一度良い体験をすると、『たまには良いものね』って気持ちが芽生えることもあるわ」
美咲さんは、さらに具体的なアドバイスをくれました。
1. 「楽しみ費」の予算化:
- 介護費用や生活費とは別に、「自分のためだけに使えるお金」として月々数万円の予算を立てることを提案する。「このお金は、何に使ってもOK。残っても繰り越しなしで、使わなかったら消滅する」くらいのルールにすると、使おうという意識が芽生えやすいそう。
2. 「体験」への投資を促す:
- モノではなく、旅行や観劇、友人との食事など、「思い出」に残る体験を提案する。体験は、罪悪感を感じにくい傾向があるとのこと。
3. 「賢い消費」の提案:
- ただ浪費するのではなく、「健康維持のため」「生活の質を向上させるため」といった、明確な目的を持った消費を促す。例えば、良いマットレスを買う、健康的な食材にこだわるなど。
4. 「感謝」を伝える:
- 母が自分のためにお金を使ってくれたら、「お母さんが元気でいてくれることが一番嬉しい」「その服、すごく似合ってるよ」など、具体的に感謝と喜びを伝える。他者からの肯定的なフィードバックは、罪悪感を和らげる効果があるそうです。
「大切なのは、安心感と幸福感のバランスよ。数字上の貯蓄額だけが安心じゃない。心にゆとりを持って、今を楽しむことも、これからの人生を豊かにする上でとても重要なんだから」
美咲さんの言葉は、私の心にも深く響きました。私も、自分の人生において、安心と幸福のバランスを改めて見つめ直すきっかけをもらいました。
母の心を開く具体的なステップ:安心と喜びのバランスを見つける旅
美咲さんのアドバイスを受け、私は母との向き合い方を変えました。焦らず、小さな一歩から始めることを意識したのです。
ステップ1:介護費用の「見える化」と「安心ライン」の設定
まず、前述の通り、介護費用に関する具体的な情報を母に共有し、「これだけあれば安心だね」という目安額を一緒に設定しました。母の貯蓄額がその「安心ライン」を大きく上回っていることを示すことで、心理的な余裕が生まれたようでした。
ステップ2:小さな「楽しみ費」の提案
次に、美咲さんの提案を参考に、「月々3万円だけは、自分の好きなことに使ってみない?」と提案しました。最初は「そんな贅沢…」と渋っていた母ですが、「使わなかったら来月は2万円になっちゃうよ?」と冗談交じりに言うと、少し考えるそぶりを見せました。そして、ある日、前から気になっていたという近所のカフェで友人とお茶をした、と嬉しそうに報告してくれたのです。小さな一歩ですが、大きな進歩だと感じました。
ステップ3:体験型プレゼントの実施
母の誕生日には、モノではなく、近場の温泉旅行をプレゼントしました。最初は「もったいない」と言っていた母ですが、いざ行ってみると、美味しい料理に舌鼓を打ち、露天風呂でゆっくりと過ごす時間を心から楽しんでくれたようでした。「こんなにゆっくりしたのは久しぶりだわ」という母の笑顔を見て、私は本当に嬉しくなりました。
ステップ4:感謝と肯定の言葉を惜しまない
母が少しでも自分にお金を使ったときは、大袈裟なくらい褒めるようにしました。「その帽子、お母さんにすごく似合ってる!」「お友達とのお茶、楽しかった?よかったね!」と、積極的に肯定の言葉をかけました。これにより、母は「お金を使うこと=家族に喜ばれること」というポジティブな感情を少しずつ結びつけられるようになったようです。
節約と浪費の境界線はどこ?賢い消費で人生を豊かに
| 項目 | 以前の母の行動(Before) | 美咲さんのアドバイス後(After) |
|---|---|---|
| 服 | 10年以上同じものを着用、新品購入に抵抗 | 快適さやTPOを考慮し、年に数回購入を検討 |
| 外食・娯楽 | ほぼしない、友人との交流も控える | 月に数回、友人とのランチや観劇を楽しむ |
| 美容 | 最低限、自分への投資はしない | 気分転換に美容院やエステを検討する |
| 貯金 | 漠然とした不安からひたすら貯め込む | 必要額を把握し、残りを「楽しみ費」に充当 |
| 心理状態 | お金を使うことに罪悪感、未来への不安 | 計画的な消費で安心感、今を楽しむ喜び |
美咲さんのアドバイスと私の実践を通じて、母は少しずつですが変化を見せています。もちろん、長年の習慣はすぐには変わりません。それでも、以前のような「お金を使うことへの罪悪感」は薄れ、少しずつですが自分を許し、人生を楽しむことへの意識が芽生え始めているように感じます。賢い消費とは、単に安く済ませることではなく、自分の人生を豊かにするために、どこに価値を見出して投資するか、という視点を持つことだと学びました。
あなたの疑問を解消!お金の罪悪感に関するFAQ
Q1: 高齢の親が「もったいない」ばかりで何も買ってくれません。どう説得すればいいですか?
A1: 一方的に「使えばいいのに」と言うだけでは逆効果です。まず、親御さんの「なぜ使わないのか」という根底にある不安や価値観を理解しようと努めましょう。ファイナンシャルプランナーの美咲さんによると、「漠然とした不安を具体的な情報で解消し、小さな成功体験を積ませるのが効果的」とのこと。例えば、医療費や介護費の具体的な目安を伝え、貯蓄が十分にあることを示して安心させ、小さなプレゼントや体験を提供して喜びを実感してもらうのが良いでしょう。
Q2: 介護費用は実際いくらくらい見ておけば安心ですか?
A2: 介護費用は個人の状況や利用するサービスによって大きく異なりますが、公的介護保険制度を活用すれば自己負担は原則1割です。生命保険文化センターの調査によると、住宅改修や介護用ベッド購入などの一時費用の平均は約74万円、月々の費用は約8.3万円とされています。あくまで目安ですが、美咲さん曰く、「ご自身の貯蓄額と照らし合わせ、不安が過度でないことを理解することが重要」です。
Q3: 親がお金を使うことに罪悪感を感じるのは、病気の一種ですか?
A3: 必ずしも病気とは限りませんが、過去の経済的な苦労やトラウマ、あるいは極端な節約が習慣化している可能性があります。度が過ぎると「ためこみ症」といった精神的な問題に発展することもありますが、多くの場合、心理的な要因や情報不足が背景にあります。無理に矯正しようとするのではなく、寄り添い、理解し、専門家(FPやカウンセラーなど)のサポートも検討することが大切です。
Q4: 貯金はいくらあれば「安心」と言えますか?
A4: 「安心」の基準は人それぞれですが、一般的には老後の生活費として「ゆとりある老後」を目指すなら月30万円程度が必要と言われています。公的年金で賄えない分を貯蓄で補う必要があります。美咲さんによると、「介護費用や医療費などの緊急資金、そして自分の人生を豊かにするための『楽しみ費』を明確に分けて考えることが、心の安心に繋がる」とのことです。
7000万の貯金は「安心」のための土台。その上で、心豊かな人生を
母の7000万円という貯金は、決して無駄ではありませんでした。それは、母が長年かけて築き上げた「安心」という名の強固な土台だったのです。しかし、その土台の上に、どのような家を建てるのか、どんな景色を見るのかは、母自身の選択にかかっています。お金は、ただ貯め込むだけでは価値を生み出しません。それは、私たちの人生を豊かにするための「道具」であり、「可能性」の源です。
美咲さんとの出会い、そして母との対話を通じて、私は「お金を使うことへの罪悪感」という見えない心の鎖を解き放つためには、まずその心理を深く理解し、具体的な情報と安心感を提供することが不可欠だと学びました。そして何よりも、親の人生を尊重しつつ、心からの「楽しんでほしい」という願いを伝え続けること。それが、親が自分らしく、心豊かな老後を送るための何よりのサポートになるはずです。
今、母は新しい服を一枚買ってみたり、友人との旅行を計画したりと、少しずつですが自分を解放し始めています。その笑顔を見るたびに、私自身の心も温かくなります。もしあなたも、私と同じような悩みを抱えているなら、どうか一人で抱え込まず、専門家の知見を借りながら、親御さんの心に寄り添う対話を始めてみてください。きっと、あなたと親御さんの人生に、新たな光が差し込むはずです。
この記事を書いた人
山田 明日香 | 40代 | 家族の悩みに寄り添うwebライター
長年、親の過度な節約思考に悩んできた経験から、同じような悩みを抱える方々の力になりたいとWebライターとして活動中。特に、親子間のコミュニケーション、老後の生活設計、心理的な側面から見たお金との向き合い方に深い関心を持つ。ファイナンシャルプランナーの友人の助言を参考に、実体験に基づいたリアルな情報発信を心がけている。

