「ねえ、お父さん、たまには旅行にでも行こうよ!温泉とかどう?」
私の提案に、父はいつものように首を横に振りました。「いや、いいよ。家でゆっくりしてる方が落ち着くし、何よりお金がもったいないだろう」。
私は今年42歳になる娘です。両親はもう60代後半。共働きでしっかり貯蓄もしてきたはずなのに、父も母も過度な節約をやめようとしません。夏場、暑くてたまらない日でも「電気代がもったいない」とエアコンを我慢し、汗だくになっている両親を見るたびに、私の胸は締め付けられます。せっかく貯めたお金があるのに、なぜ使わないんだろう?このままでは、親の健康も心配だし、何より残りの人生を楽しんでくれないんじゃないか──そんな焦燥感が常に私を苛んでいました。なぜ、貯蓄があるにも関わらず、こんなにもお金を使わないのか?私にはその意味が全く理解できませんでした。
なぜ貯蓄があるのに使わない?60代の親が抱える「見えない不安」の正体
私の両親のように、十分な貯蓄があるにも関わらず、過度な節約を続けてしまう60代は少なくありません。私自身も、初めは「単なるケチなのかな」とさえ思っていました。しかし、友人でありファイナンシャルプランナーの美咲に相談した時、彼女の言葉にハッとさせられたのです。
「花子、それはね、親御さんたちが抱えている『見えない不安』の表れかもしれないわよ」
美咲はそう言って、高齢者がお金を使わない主な理由をいくつか教えてくれました。
1. 将来への漠然とした不安
- 「病気になったらどうしよう」「介護が必要になったら」「物価が上がって生活が苦しくなったら」といった、具体的な計画のない漠然とした不安が、貯蓄を切り崩すことへの抵抗感を生みます。金融庁の調査でも、老後の生活資金について不安を感じている人は少なくありません。
2. 長年の節約習慣と価値観
- 戦後の物資が乏しい時代や、バブル崩壊後の経済の低迷期を経験してきた世代にとって、「節約は美徳」という価値観が強く根付いています。お金を使うこと自体に罪悪感を抱いたり、「もったいない」という気持ちが先行したりするのです。
3. 情報不足と知識の偏り
- 資産運用や保険に関する情報が不足しているため、貯蓄を「守る」ことしか考えられず、「増やす」ことや「有効に使う」ことへの意識が低い場合があります。また、最新の消費トレンドやサービスに疎く、何にどうお金を使えば良いのか分からないというケースもあります。
4. 「お金を使う楽しさ」の喪失
- 定年退職などで社会との接点が減ると、お金を使う機会自体が減り、何をすれば楽しいのか、どうすれば満足感が得られるのかを見失ってしまうことがあります。結果として、消費行動に意欲が湧かなくなることも。
美咲は言いました。「親御さんたちは、まるで満タンのガソリンタンクを抱えながら、遠出をためらう車のようなものよ。ガソリンがあるのに、目的地が分からなかったり、途中でガス欠になったらどうしようって不安に駆られたりして、アクセルを踏み込めないでいるの」。
私の失敗と、FP美咲からの目から鱗のアドバイス
美咲の話を聞いて、私は自分のアプローチが間違っていたことに気づきました。これまで私は、ただ「旅行に行こう」「美味しいものを食べに行こう」と誘うばかりで、親の心の奥底にある不安には全く目を向けていなかったのです。
「お父さん、せっかく貯めたお金なんだから、使わなきゃ損だよ!」
そう言っても、父の表情は曇るばかりでした。「お前にはまだ分からないだろうが、老い先短い身で贅沢なんて…」。その言葉を聞くたびに、私は無力感に苛まれました。親孝行したいのに、どうすればいいのか分からない。このままでは、親の健康を心配するばかりで、いつか後悔する日が来るのではないか──そんな不安が募っていったのです。
美咲はそんな私に、3つのステップで親の心を解きほぐす方法を提案してくれました。
1. 親の不安に寄り添い、耳を傾ける
- 「何に一番不安を感じているのか」「何があれば安心できるのか」を具体的に聞き出すこと。決して否定せず、共感を示す姿勢が大切だと言われました。
2. 具体的な「安心材料」を提示する
- 漠然とした不安を解消するため、具体的な数字や計画を見せること。例えば、老後資金のシミュレーションを一緒にしたり、介護保険や医療費の制度について情報を提供したりすることです。必要であれば、専門家を交えて話す機会を作るのも有効だと美咲はアドバイスしてくれました。
3. 小さな「贅沢」から始める体験を促す
- いきなり高額な旅行に誘うのではなく、まずは近所のカフェで少し高価なコーヒーを飲む、日帰り温泉に行く、欲しがっていた小さな家電を買うなど、罪悪感を感じにくい範囲で「お金を使う楽しさ」を体験してもらうこと。その小さな成功体験が、次のステップにつながると教えてくれました。
親の心を解き放つ3つのステップ:具体的な実践で変わった家族の風景
美咲のアドバイスを受け、私は早速行動に移しました。
ステップ1:親の不安に寄り添い、耳を傾ける
ある日、私は思い切って父に話しかけました。「お父さん、いつも節約してくれてありがとう。でも、何か将来に不安なことでもあるの?」。
最初は口を閉ざしていた父も、私が真剣に耳を傾ける姿勢を見せると、少しずつ本音を話し始めました。「万が一、どちらかが病気になったら、子どもたちに迷惑をかけたくない」「年金だけでは心もとないし、物価も上がる一方だからな…」。
私は父の言葉を一つずつ丁寧に受け止めました。決して「大丈夫だよ!」と安易に否定するのではなく、「そっか、そういう不安があったんだね。心配だよね」と共感を示すことで、父の表情が少し和らいだのを感じました。この時、改めて親の不安を理解することが、何よりも大切だと痛感しました。
ステップ2:具体的な「安心材料」を提示する
父の具体的な不安が分かったところで、私は美咲に相談し、両親のライフプランを一緒に考える機会を設けました。美咲は、両親の貯蓄額や年金額、そして想定される医療費や介護費用などを丁寧にシミュレーションしてくれました。
「お父様、お母様、現在の貯蓄と年金を考慮すると、一般的な生活を送る分には十分な余裕がありますよ。もちろん、大きな病気や介護が必要になった場合でも、公的な制度や民間の保険でカバーできる部分も多いです」
美咲の客観的で具体的な説明は、父にとって何よりも説得力があったようです。今まで漠然としていた「将来の不安」が、具体的な数字によって「見通しが立つもの」へと変わっていきました。その日の夜、父が「なるほどなあ…そうか、大丈夫なのか」と呟いていたのを、私は忘れません。
ステップ3:小さな「贅沢」から始める体験を促す
漠然とした不安が解消されたことで、両親の表情は以前よりも明るくなりました。そこで私は、小さな「贅沢」を提案してみました。
「お父さん、お母さん。この前テレビで見たんだけど、近所にすごく素敵なカフェができたんだって。そこのケーキ、すごく美味しいらしいよ。今度一緒に行ってみない?」
最初はやはり「もったいない」と言っていた二人ですが、「私がご馳走するから!」と強く誘うと、渋々ながらも付いてきてくれました。カフェで香り高いコーヒーと美しいケーキを前にした二人の顔は、普段見せないような穏やかな笑顔でした。特に母は「こんなに美味しいケーキ、久しぶりに食べたわ」と、心から喜んでくれたのです。
そこから、少しずつ変化が訪れました。私は実家に行くたびに、二人で食べられる少し良いお菓子や、母が欲しがっていた小さな園芸用品などをプレゼントするようにしました。すると、ある日、父が自分から「この前テレビで見た温泉、日帰りなら行ってみてもいいか…?」と言い出したのです!
その時は本当に驚き、そして感動しました。無理に説得するのではなく、親の不安に寄り添い、小さな成功体験を積み重ねることで、親自身が「お金を使う楽しさ」を再発見してくれたのだと実感しました。
親の節約に関するよくある疑問Q&A
ここでは、親の節約についてよくある疑問に、FPの美咲の見解を交えながらお答えします。
Q1: 親が頑固で、なかなか話を聞いてくれない時はどうすればいいですか?
A1: 無理に話を進めようとすると、かえって反発を招くことがあります。まずは、親の意見を否定せずに「そうなんだね」と受け止める姿勢が大切です。美咲も「人は自分の意見を尊重されないと感じると、心を閉ざしてしまいます。まずは共感から入り、信頼関係を築くことが第一歩です」と言っていました。食事中やリラックスしている時に、世間話の延長で少しずつ不安を聞き出してみるのも良いでしょう。
Q2: 無理に誘って、かえって関係が悪化しないか心配です。
A2: その心配はよく分かります。ポイントは「押し付けない」ことです。美咲のアドバイスのように、まずは小さな提案から始め、親が「嫌じゃないな」「意外と楽しいな」と感じる体験を積み重ねることが重要です。断られても「そっか、また今度ね」と軽く流し、しつこくしないようにしましょう。あくまで選択肢を提示するスタンスが大切です。
Q3: 将来の不安を解消するために、どんな具体的な情報を提供すれば良いですか?
A3: 金融庁や厚生労働省のウェブサイトには、年金や医療費、介護費用に関する信頼できる情報が豊富にあります。美咲は「漠然とした不安には、具体的な数字が一番効きます。公的機関のデータを基に、現実的なシミュレーションを見せてあげると良いでしょう。ただし、難しい専門用語は避け、分かりやすい言葉で説明してあげてください」と強調していました。可能であれば、信頼できるFPに一度相談してみるのも有効です。
親の笑顔が、何よりの『財産』
私の両親も、今では以前よりずっと笑顔が増えました。日帰り温泉を楽しんだり、ちょっと良いレストランで食事をしたり。もちろん、昔ながらの節約習慣が完全に消えたわけではありませんが、必要な時にはためらわずお金を使うようになりました。
親の過度な節約は、子供にとって心配の種であり、時には理解できない行動かもしれません。しかし、その根底には、将来への不安や長年の価値観、そして何よりも「子供に迷惑をかけたくない」という親心があることを、美咲との出会いを通じて深く理解しました。
貯蓄は、単なる数字の羅列ではありません。それは、親がこれまで懸命に生きてきた証であり、これからの人生を豊かにするための「チケット」となり得るものです。どうか、あなたの親御さんも、そのチケットを使って、残りの人生を心から楽しんでほしいと願っています。
もしあなたが私と同じように悩んでいるなら、まずは親の心に寄り添い、その「見えない不安」を理解することから始めてみませんか?そして、必要であれば、私たち家族のように専門家の力を借りることも視野に入れてみてください。親の笑顔が、私たち子供にとって、何よりの『財産』になるはずです。
この記事を書いた人
山田 花子 | 40代 | 家族の幸せを追求するwebライター
60代の両親を持つ40代の娘。両親の過度な節約に長年悩み、FPの友人に相談した経験を持つ。その経験から、世代間の価値観のギャップと、親の不安に寄り添うことの重要性を痛感。現在は、自身の経験を活かし、家族のコミュニケーションやライフスタイルに関する記事を中心に執筆している。読者と同じ目線で、心温まる解決策を提案することを目指している。

