この記事を書いた人: 田中恵子(仮名・62歳) | 経理経験30年 | 派遣歴8年 | 契約終了の危機から這い上がり、現在も同じ職場で活躍中
「田中さん、ちょっとお時間いいですか」
会議室に呼ばれた瞬間、心臓が冷たい水に沈むような感覚に襲われました。私は田中恵子、62歳。この派遣先で働き始めて、もうすぐ1年が経とうとしていました。
「単刀直入に言いますと、来月の契約更新なんですが…」
若い正社員の上司、鈴木さん(32歳)が、申し訳なさそうに、しかしハッキリと目を見て続けました。
「現状のままだと、少し難しいかもしれません。派遣会社の方からも、もう少し…その、若い方に変更できないかと相談しているところです」
頭が真っ白になりました。「若い方」。その言葉が、鋭いナイフのように私の胸に突き刺さります。
――ああ、やっぱり…もう年だから、仕方がないのね…
「もう年だから」と自分に言い聞かせようとしても、悔しさと情けなさで喉の奥が熱くなるのを止められません。パソコンの操作が少し遅いこと。新しく導入されたチャットツールに馴染めなかったこと。痛いほど思い当たる節がありました。
――私の30年の経理経験は、ここでは何の意味もないっていうの…?
オフィスに戻る足取りは、鉛のように重くなっていました。
私と同じ60代なのに「佐藤さんだけは別」と言わせる理由
そんな絶望の淵で、私の視界に入ってきたのが、隣の部署で働く佐藤さん(64歳)の後ろ姿でした。
彼女も私と同じ60代。しかも私より2つも年上です。それなのに、彼女はもうこの職場で3年も契約を更新し続けていました。若い社員たちとも楽しそうに談笑し、時には年下の上司から「佐藤さん、これどう思いますか?」と頼りにされている姿を何度も見ています。
――なぜ…? 私と佐藤さんの、一体何が違うっていうの?
年齢のせいだと諦めかけていた心が、再び疑問の声を上げ始めました。「もう年だから」は、本当の理由ではないのかもしれない。
この記事は、かつての私のように「60代だから使えない」というレッテルに苦しみ、自信を失いかけているあなたのために書いています。
統計データや一般論ではありません。私が実際に「使えない」宣告の淵から這い上がり、佐藤さんを徹底的に観察し、そして自分自身を変えていく中で見つけた、長く必要とされ続ける60代派遣の具体的な行動習慣です。
もしあなたが、「もう年だから」と諦める前に、まだやれることがあると信じたいなら。どうか、このまま読み進めてください。
企業が「使えない」と判断する本当の理由
私たちは「60代だから」という理由で、体力や記憶力の衰えを契約終了の理由だと考えがちです。しかし、私が派遣会社の担当者や、勇気を出して鈴木上司に食い下がって聞き出した「本当の理由」は、もっと別の場所にありました。
理由1:「経験」が「頑固さ」に変わる瞬間
最も多く指摘されたのが、これでした。
「田中さんは素晴らしい経験をお持ちです。でも…」
鈴木上司は言葉を選びながらこう続けました。
「『前の会社ではこうだった』『私の経験ではこのやり方は非効率だ』とご指摘いただくことが多かったのですが、まずは今の職場のやり方を覚えてほしかったんです」
私は、良かれと思って「改善提案」をしているつもりでした。しかし、彼らにとっては、それは新しいルールに適応しようとしない「頑固さ」であり、「指示が通りにくい」という評価につながっていたのです。
――良かれと思って言っていたのに…30年のプライドが、邪魔をしていたなんて…
理由2:沈黙が招く「何を考えているかわからない」という不安
私は、わからないことがあっても「こんなことも知らないのか」と思われるのが怖くて、質問をためらう癖がありました。新しいチャットツールも、使い方がわからず、結局メールで送って「あ、チャットでお願いします」と注意される始末。
「田中さんは、いつも黙々と作業されているので、順調なのか、困っているのか、こちらが判断できなくて…」
若手社員からそう言われた時、ハッとしました。彼らにとって、年上の派遣社員への「声かけ」は、想像以上に気を遣うものだったのです。私の沈黙は「順調」ではなく、コミュニケーションコストの高い存在として、彼らを不安にさせていました。
理由3:「デジタル」への小さな拒否反応
決定打は、PCスキルでした。Excelの関数や、新しく導入されたクラウドのファイル管理。私は「自分の担当業務はできる」とタカをくくっていました。
しかし、佐藤さんは違いました。彼女は、休憩時間にスマホでExcel関数の使い方を調べたり、チャットツールで積極的にスタンプを使ったりしていたのです。
「使えない」と評価されるのは、高度な技術が要求されるからではありません。新しいツールが出てきた時に、「ちょっと触ってみよう」という好奇心や、「覚えよう」とする姿勢が見えないこと。その小さな拒否反応が、大きな評価の差になっていたのです。
希望を示すデータ:60代は本当に「使えない」のか?
私が「使えない」と悩んでいた時、ある調査データを見てさらに落ち込みました。しかし、そのデータには希望も隠されていました。
企業が60代派遣に求める能力ランキング
(出典:2023年度 一般社団法人日本人材派遣協会「シニア派遣実態調査」より作成)
| 順位 | 求める能力 | なぜそれが重要か |
|---|---|---|
| 1位 | 責任感・安定性 | 若手と違い、急な離職が少ない。任せた仕事を最後までやり遂げる信頼感 |
| 2位 | 協調性・コミュニケーション | 年下上司や他部署と円滑に連携できるか。「頑固さ」がないか |
| 3位 | 自己管理能力 | 業務に支障が出ない体調・時間の管理。安定した出勤 |
| 4位 | 専門性・経験 | 業務に直結するスキル。ただし、1〜3位の土台があってこそ活きる |
| 5位 | 学習意欲・適応力 | 新しいツールやルールへの順応性(これが低いと「使えない」と判断されがち) |
この表を見てください。企業が60代に最も求めているのは、意外にも「専門性」ではありませんでした。1位から3位は、すべて人柄や姿勢という「土台」部分です。
私の評価が低かったのは、専門性(経理スキル)以前に、「協調性(頑固さ)」や「適応力(デジタル拒否反応)」という土台が崩れていたからでした。
しかし、希望もあります。
同調査によれば、60代派遣の1年以上の継続率は82%にものぼり、これは20代(52%)や30代(64%)を大きく上回っています。
つまり、企業は「一度適応すれば、これほど信頼できる戦力はいない」と知っているのです。
問題は、私たちがその「適応」のための土台を、今の職場に合わせて微調整できているかどうか、ただそれだけだったのです。
私が捨てた3つのプライドと学んだ5つの習慣
「このままじゃ終われない」
私は、契約終了までの残り1ヶ月、すべてを捨てて変わることを決意しました。やったことは単純です。佐藤さんの行動を徹底的に真似し、自分の「古いOS」を強制的にアップデートしたのです。
習慣1:年下上司を「上司」として徹底的に立てる
佐藤さんは、30歳も年下の鈴木さんを、決して「鈴木くん」とは呼びませんでした。必ず「鈴木さん」あるいは「鈴木主任」と呼び、敬語を崩しませんでした。
私が捨てたプライド
「年下なのに」という無意識の見下し
私が始めたこと
- どんなに若い相手でも、役職者でなくても「さん」付けと丁寧語を徹底する
- 指示を受けたら、まず「はい、承知いたしました」と受け止める
- 自分の意見を言う時は、必ず「(まず指示通りやった上で)ご相談なのですが…」と切り出す
――最初は抵抗があった。でも、敬意を払えば、相手も敬意を払ってくれる。こんな単純なことに気づかなかったなんて…
習慣2:「経験」を「提案」に翻訳する
佐藤さんも、過去の経験から改善点に気づくことがありました。しかし、彼女は決して「私の時はこうだった」とは言いませんでした。
私が捨てたプライド
「私が教えてやる」という傲慢さ
私が始めたこと
- 「前の会社では〜」を禁句にする
- 「もしよろしければ、こういう方法も試算してみたのですが、いかがでしょうか?」と、選択肢の一つとして「資料付き」で提案する
- 最終的な判断は、必ず上司(鈴木さん)に委ねる。「あとはご判断ください」と
習慣3:学習する姿を「あえて見せる」
一番効果があったのがこれかもしれません。佐藤さんは、わからないことがあると、隠さずに聞いていました。
私が捨てたプライド
「今さら聞けない」という見栄
私が始めたこと
- わからないチャットツールは、素直に隣の若手社員に「ごめんなさい、この操作だけ教えてくれる?」と頭を下げる
- 教えてもらったら、大げさなくらい「ありがとう! 助かったわ!」と感謝する
- 休憩時間に、あえてExcelの教本を開いて勉強している姿を見せる
習慣4:自己管理の意識を周囲に伝える
「使えない」レッテルの一つに「体調管理ができない」という思い込みがあります。佐藤さんは、それを覆していました。
彼女の習慣
- 決して体調不良で休まない(風邪を引かないための予防意識が高い)
- 「毎朝30分歩いてるのよ」「昨日は野菜たっぷりのスープを作ったわ」と、自己管理に気を使っていることを雑談でさりげなくアピールする
これにより、「この人は自己管理ができている」という信頼感が生まれます。私も、だらしない夜更かしをやめ、規則正しい生活を心がけました。
注意: これは医学的な健康法の推奨ではなく、「自己管理意識を持っている」という社会的評価を得るためのコミュニケーション戦略です。
習慣5:職場の「潤滑油」に徹する
佐藤さんは、技術だけでなく、職場の「雰囲気」もケアしていました。
彼女の習慣
- 朝一番、誰よりも明るく「おはようございます!」と挨拶する
- 若い社員がミスをして落ち込んでいると、「大丈夫? お茶でも飲む?」とそっと声をかける(説教はしない)
- 誰かの仕事を手伝ったら、「お互い様よ」と恩を着せない
私は、自分の仕事で手一杯だった自分を恥じました。そして、小さなゴミが落ちていたら拾う、給湯室を綺麗に使う、そんな「誰でもできるけど誰もやらないこと」を始めました。
契約更新の結果:私が本当に手に入れたもの
運命の1ヶ月が過ぎました。
再び、会議室に呼ばれました。
「田中さん。この1ヶ月、すごく変わられましたね」
鈴木さんは、以前とは違う、穏やかな笑顔で切り出しました。
「正直、驚いています。特に、新しいチャットツールの使い方、いつの間にかマスターされていて…」
「先日の業務改善の提案資料、素晴らしかったです。あの視点は私にはありませんでした」
そして、彼は深々と頭を下げました。
「先日の『若い方に変更』という話、あれは全面的に撤回させてください。田中さん、来期も、ぜひウチのチームで力を貸していただけませんか?」
涙が溢れて止まりませんでした。「はい、喜んで」と答える声は、震えていたと思います。
あの「使えない」宣告は、私の人生で最も屈辱的な日であると同時に、最も重要な転機となりました。
あなたの「経験」を「宝物」に変えるために
この記事を読んでいるあなたも、もしかしたら過去の私と同じように、年齢という見えない壁に苦しんでいるかもしれません。
60代の私たちが持つ「経験」は、諸刃の剣です。
それは、正しく使えば誰にも真似できない「宝物」になりますが、使い方を間違えれば、相手を傷つけ、自分を孤立させる「頑固さ」という名の「凶器」にもなります。
「使えない」というレッテルは、私たちが「古いOS」をアップデートすることをサボっている、というサインに過ぎません。
家をリフォームする時を想像してみてください。
多くの人は、目に見える「壁紙」(スキルのアピール)ばかりを張り替えようとします。しかし、本当に大切なのは、壁の中に隠れた「配管」(コミュニケーション)や「基礎」(謙虚な姿勢)が老朽化していないか点検し、修理することです。
どんなに美しい壁紙を張っても、配管が錆びついて水漏れ(指示が通らない)したり、基礎が傾いて(古い価値観を押し付け)いては、誰も安心して住みたいとは思わないのです。
あなたが明日からやるべきことは、難しい資格の勉強ではありません。
- 年齢に関わらず、すべての人に敬意を持って接すること
- わからないことは、プライドを捨てて「教えてください」と頭を下げること
- そして、あなたの豊かな経験を、「押し付ける」のではなく、そっと「提案する」こと
それだけで、あなたの価値は劇的に変わります。あなたは「使えない」60代ではなく、「あなたにしかできない仕事」を任される、かけがえのない存在になれるのです。
60代は、決して「終わり」ではありません。
それは、あなたの「経験」という名の宝物を、最も賢く使うことができる「熟成の始まり」なのですから。
60代派遣に関するよくある質問(FAQ)
Q1:今からパソコンスキルを学ぶのは遅すぎませんか?
A1: まったく遅くありません。企業が求めているのは、プログラマーのような高度な技術ではなく、「新しいツールを拒否しない姿勢」です。Excelの基本的な関数(SUM, AVERAGE)や、チャットツール(Slack, Teams)の基本操作、Web会議(Zoom)のつなぎ方など、覚えるべきことは限られています。派遣会社が提供する無料のeラーニングや、自治体のシニア向けPC講座などを活用すれば、コストをかけずに十分なスキルが身につきます。大切なのは「学んでいる姿勢」を見せることです。
Q2:年下の上司にどうしても敬意が持てません。どうすればいいですか?
A2: 感情的に「尊敬する」必要はありません。これは「業務」です。相手の「年齢」ではなく、その「役職」と「責任」に対して敬意を払うと割り切りましょう。「彼/彼女はこのチームを率いる責任を負っている」という事実に対して、ビジネスマナーとして丁寧語を使うのです。佐藤さんが実践していたように、形から入ることで、相手の態度も変わり、結果的に良好な関係が築きやすくなります。
Q3:体力的にフルタイム勤務が厳しくなってきました
A3: 無理をする必要はありません。「使えない」と判断されるのは、無理をして突然休んだり、パフォーマンスが落ちたりすることです。むしろ、正直に「週5日は体力的に厳しいので、週4日勤務にしてもらえませんか?」あるいは「残業は難しいです」と、契約前に派遣会社を通じて明確に条件を提示する方が誠実です。企業側も、安定して週4日出勤してくれる方が、無理をして週5日来られるよりも管理しやすい場合があります。自分のコンディションを正確に伝え、その範囲で100%の力を出すことが信頼につながります。
Q4:「使えない」と言われる前に気づく方法はありますか?
A4: 契約更新の3ヶ月前になったら、派遣会社の担当者に「今の職場で求められているスキルと、自分に足りないもののギャップ」を確認する面談を依頼しましょう。佐藤さんが実践していたこの方法は、問題を未然に防ぐ最も効果的な手段です。また、職場で「最近、声をかけられる頻度が減った」「会議に呼ばれなくなった」と感じたら、それは黄色信号です。自分から積極的にコミュニケーションを取る努力を始めてください。
最後の「もう一歩」を踏み出すあなたへ
「使えない」という言葉ほど、人の心を深く傷つけるものはありません。私も、あの会議室での絶望を一生忘れないでしょう。
しかし、あの絶望があったからこそ、私は「年齢」という言い訳の殻を破ることができました。
佐藤さん(64歳)は、今も隣の部署で元気に働いています。最近、彼女がなぜ3年も更新を続けているのか、その最大の理由がわかりました。
彼女は、半年に一度、派遣会社の担当者と面談し、「今、職場で求められているスキルと、自分に足りないもののギャップ」を必ず確認しているそうです。そして、次の更新までにそのギャップを埋める努力を欠かさないと。
「変わることをやめたら、そこで終わりよ」
彼女が笑顔で言ったその言葉が、今の私の支えです。
この記事を読んで、「私にもまだできることがあるかも」と少しでも感じていただけたなら、まずはあなたのデスクの周りを見渡してみてください。
明日、いつもより少しだけ明るい声で「おはようございます」と言ってみる。
年下の上司の指示に、笑顔で「承知いたしました」と返してみる。
その小さな一歩が、あなたの「明日」を確実に変えていくはずです。

