駅のホームでスマホを見た瞬間、手が震えた。
「誠に残念ながら、今回は見送らせていただくこととなりました」
佐藤さん(62歳・仮名)にとって、これで8社目の不採用通知だった。
大手メーカーで38年間、品質管理一筋。定年まで一度も遅刻せず、誰よりも真面目に、誰よりも責任感を持って働いてきた自負がある。
「まだまだ働ける」
そう思って派遣会社に登録した。履歴書には、びっしりと経歴を書き込んだ。面談でも、丁寧に自分の実績を説明した。
なのに、なぜ?
帰りの電車の中、窓ガラスに映る自分の顔を見つめながら、佐藤さんは唇を噛んだ。
「どうせ、年齢だろう」
「60過ぎたら、誰も見向きもしないんだ」
「俺の38年間は、この社会では、もう何の意味もないのか…」
スマホを握る手が、わずかに震えた。妻には「今日も面談だった」と報告したが、結果は言えなかった。期待した顔を見るのが、怖かった。
「もう、無理なのかもしれない」
その夜、一人で缶ビールを開けながら、佐藤さんは考え続けた。
何が足りなかったのか。何が間違っていたのか。
「自分の価値」って、いったい何だろう
翌朝、佐藤さんは派遣会社の担当者・田中さん(38歳・仮名)に電話をかけた。
「何がいけなかったんでしょうか」
沈黙の後、田中さんは静かに言った。
「佐藤さん、失礼な言い方になるかもしれませんが…面談で、佐藤さんは『自分が何をしてきたか』は話されましたが、『相手が何を求めているか』には触れませんでしたよね」
その言葉が、胸に刺さった。
「私は、ずっと『自分の話』ばかりしていたのか」
「相手の顔を見ていなかったのか」
電話を切った後、佐藤さんは自分の履歴書を見つめ直した。
そこには確かに、「私」の実績が並んでいた。「私」が何をしたか、「私」がどんな役職だったか。
でも、それは本当に、相手が知りたいことだったのだろうか。
面談で気づいた「すれ違い」の正体
次の面談に向けて、佐藤さんは考え方を変えてみた。
「自分の過去」を語るのではなく、「相手の未来」に自分がどう関われるかを考える——
求人票を何度も読み返した。企業のホームページも見た。そこには「品質管理の強化」「若手育成の課題」という言葉があった。
面談当日。
佐藤さんは、いつものように経歴を話し始めた。しかし、途中で言葉を変えた。
「私が前職で経験してきたことが、御社の品質管理の課題に、もしかしたら何かお役に立てるかもしれません」
面接官の表情が、わずかに変わった。
「どんな風に?」
「例えば…」
佐藤さんは、自分の「過去の肩書き」ではなく、「具体的に何をしてきたか」を話した。
どんな問題があって、どう解決したか。若手にどう教えてきたか。
面接官は、メモを取り始めた。
結果は、後日連絡とのことだった。
でも、帰り道、佐藤さんの気持ちは不思議と軽かった。
「今日は、ちゃんと相手と『会話』ができた気がする」
「年齢のせい」と思っていたけれど
数日後、派遣会社から連絡が来た。
「佐藤さん、採用です」
電話口で、思わず声が震えた。
「ありがとうございます…」
田中さんは続けた。
「企業の担当者が言っていました。『佐藤さんは、私たちの課題を理解してくれていた。年齢ではなく、この人と一緒に働きたいと思った』って」
電話を切った後、佐藤さんは窓の外を見つめた。
「年齢のせい」だと思っていた。
でも本当は、「自分の話し方」「自分の見せ方」が、相手に届いていなかっただけだったのかもしれない。
38年間の経験は、決して無駄じゃなかった。
ただ、その「伝え方」を、少し変える必要があっただけだった。
「過去」ではなく「未来」を語る
初出勤の日、佐藤さんは若い担当者に案内された。
「佐藤さん、よろしくお願いします」
年下の上司だった。以前の自分なら、プライドが邪魔をしたかもしれない。
でも今は違った。
「こちらこそ、よろしくお願いします。分からないことがあれば、遠慮なく教えてください」
その言葉に、若い上司は少し驚いた顔をした。そして、安堵したような笑顔を見せた。
「実は、ベテランの方をお迎えするの、緊張していたんです。でも、佐藤さんなら大丈夫そうですね」
職場を案内されながら、佐藤さんは思った。
「俺は、『何をしてきたか』ではなく、『これから何ができるか』で勝負すればいいんだ」
自分の「価値」は、自分が決めるものじゃない
3ヶ月後、佐藤さんは若手社員から「ちょっと相談いいですか」と声をかけられるようになっていた。
「昔はこうだった」なんて言わなかった。
「今はこうなんだね。じゃあ、こういう方法もあるよ」と、相手のやり方を尊重しながら、自分の経験を添えた。
ある日、上司がこう言った。
「佐藤さんがいてくれて、本当に助かってます。若手たちも、すごく頼りにしてますよ」
その言葉が、何よりも嬉しかった。
「俺の38年間は、ここで活きている」
帰り道、あの日の駅のホームを思い出した。
スマホを握りしめて、「もう無理かもしれない」と思った、あの日。
今なら分かる。
自分の「価値」は、自分の中にあるんじゃない。
相手が必要としているものに、自分が応えられたとき、初めて「価値」になるんだ。
もし、あなたも「年齢のせい」だと思っているなら
「もう60代だから」と、諦める必要はありません。
「どうせ見向きもされない」と、挑戦を止める必要もありません。
あなたが積み重ねてきた経験は、確かに価値があります。
ただ、その「伝え方」を、少しだけ変えてみる——
「私は何をしてきたか」ではなく、「あなたの課題に、私はどう関われるか」
「過去の肩書き」ではなく、「これからできること」
「自分の話」ではなく、「相手との会話」
その小さな視点の転換が、あなたの「次の一歩」を変えるかもしれません。
佐藤さんは今日も、若手社員と一緒に、新しい課題に向き合っています。
年齢ではなく、「人として、どう相手と向き合うか」——
それが、すべてだったのかもしれません。

